ポケットには47円

心の中を書きます。

バカいぬ

 たまに通る近所の道によく吠える犬がいるんです。ちょっとでも気配がしようものなら、とにかく吠える。生垣の向こう側から道に向かって必死に吠えまくる。白いモフモフの体を振り乱しながら、とにかく大きな声で吠えまくる。

 僕は普通のトーンで話しかけられただけでもビクッとしちゃうくらいのビビりの中のビビリなので、その犬が大嫌いだったわけです。何しろ、吠えられると頭ではわかっていてもいざ吠えられるとビクッとしてしまい、心臓が縮みあがるような心持になるのですからね。僕はそんなことから、全身全霊の憎しみを込めてその犬を「バカいぬ」と呼んでいました。

 でも半年くらい前にその道を通ると、あんなに吠えまくっていたバカ犬が全く吠えず、ジャラジャラとバカ犬を繋ぐ鎖の音だけが虚しく鳴っているのです。どうしたんだと思い、生垣の向こうを見てみると、人が通るたびにあんなに暴れながら吠えまくっていたバカ犬が、元気がなさそうに自分の小屋の前にちょこんと座り、じっとこちらを見つめているのです。よくよく考えてみれば、僕が小さい頃から、バカ犬はそこで吠え続けていたわけです。歳を取って元気がなくなっても無理はありません。ただ、そのときの僕はまだ憎しみが勝っていたので「あれだけ吠えていたんだから元気が無くなるのも当然だろう」と思いました。

 そして先日、その道を通ると、鎖の音すらもしなくなっていました。生垣の向こうには座ってこちらを見るバカ犬もいません。よく見ると小屋もなくなっていました。ついにこの時が来たか、と思いました。あんなに憎かったバカ犬も、こうなってしまうと愛おしく思えてくるものです。しつこい鳴き声、モフモフの白い体、こちらを見つめる真っ黒でつぶらな瞳。長い間、お前にはビビらされてきたけれど、どれも今では良い思い出です。

ありがとう、バカ犬。さようなら、バカ犬。